呉の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

広島県呉市歴史探訪
呉市の概要
呉市は、広島県の南部に位置し、北に東広島市、南に瀬戸内海と隣接しおり、特例市に指定されています。古くから造船業が盛んで、呉港は地形的に天然の良港とされていることもあり、明治以降は海軍・海上自衛隊の軍港となっていました。

呉のあゆみ
奈良時代、「続日本書記」によるとこの地で遣唐使船の建造が行われていました。この頃から瀬戸内海に面する市域が造船のまちだったことがうかがえます。また、12世紀ごろ呉浦の領主であった呉氏は未開発地を開発して「呉別符」とし、雑公事部分を石清水八幡宮に寄進しました。

戦国時代、瀬戸内海沿岸に水軍を組織して勢力をつけていた白井氏は、厳島合戦において陶方に属して、毛利方と戦いました。この戦いで陶氏が敗北すると、白井氏は毛利氏に帰属することになり、小早川氏の配下に入り、仁方を治めました。

江戸時代になると、宮原村の呉浦を呉町と呼ぶようになり、伊能忠敬によって仁方村と広村小坪の測量が実施されました。明治時代には第二海軍区鎮守府が安芸郡呉港に開庁し、戦中は呉工廠において戦艦「宮古」や「大和」などが建造され、東洋一の軍港・日本一の工廠として知られていました。現在もその名残として潜水艦部隊や練習艦などが所属する海上自衛隊呉基地があり、旧海軍呉鎮庁舎は呉地方総監部第一庁舎として使用され、休日には一般公開されています。

1902年に宮原村・荘山田村・和庄町・二川町が合併し、呉市が誕生しました。それから呉線(呉〜広島間)が開通し、まちが整備されていくと市域は軍都として発展していきます。1945年に受けた空襲により、市域の大半を焼失しますが、呉復興部都市計画に従って回復していき、現在では造船・鉄鋼・パルプ・機械金属などを中心とした臨海工業都市に発展しました。また、2005年には呉市・音戸町・倉橋町・蒲刈町・安浦町・豊浜町・及び豊町と合併し、新生「呉市」誕生しています。


呉の名前の由来
諸説さまざまですが、市域にある灰ヶ峰から、船を作る材料となる榑(くれ)を伐採していたことからという説と九つの嶺(九嶺)に囲まれていたからという説が有力とされています。


呉の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
 大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)
住所: 〒737-0029
広島県呉市宝町5-20 [地図を見る]
電話番号: 0823-25-3017
開館時間: ■展示室
・9月30日までは 9:00〜19:00
(展示室への入室は18:30まで)
・10月1日からは 9:00〜17:00
(展示室への入室は16:30まで)
■ライブラリー
9:00〜17:00
休館日: 火曜日(祝日の場合は翌日、7月21日〜8月31日は無休)
入館料: 一般(大学生以上) 500円、高校生 300円、小・中学生 200円







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